10/18PM:八旛神社宮入

さあ、川東の最後のイベント、八旛神社宮入に向け、午後のスタートです。

川東西部地区は、まず旧エビスセンター前に集合し、弁財天公園経由で法泉寺→垣生を経由し、表参道から宮入していくコースです。この日も足首が痛かったので、水車で先に旧エビスセンターへ行ったのち、弁財天公園まで連れて行ってもらいました。久しぶりに太鼓がくるまで、垣生の漁港で休憩。小学校の同級生であるhide-cさんと酒飲みながら昔話をしてました。超懐かしかったです。そうこうしているうちに、各太鼓台が到着。非常に印象的だったのが、町太鼓台の『八旛宮入 町青年部』という垂れ幕。町青年団の宮入に対する思いがすっごく伝わってきます。

そうなることを願いながら、そこからは自分も太鼓と一緒について、八旛神社へ向いました。本郷自治会館前で花束贈呈後、垣生の元銭湯があった場所から表参道へ向けて向かって行っている途中、知人から田之上がちょうど『木村チェーン方面に東進して進んでいる』という電話とともに、田んぼ越しに田之上を発見。町太鼓台の指揮者に『そのまま喧嘩せんと宮入りしてんよ!』と思わず叫びまくってましたが、喧嘩せんかい!と勘違いされたかな???どうなるかと心配しましたが、喧嘩になることはなく表参道へ。

表参道に着いた時には、すでに川東地区の宮入は終了している模様。ということで、田之上の太鼓台の動きが少々気になるところですが、東雲→松乃木→浮嶋→山端→町の順序で川東西部地区の宮入開始です。ちょうど東雲→松乃木が入場したころに田之上が西進して八旛神社へ戻ってきているという情報があり、急遽順序を変更して町→浮嶋→山端の順序で宮入することになりました。宮前の道路の東は浮嶋、西は山端を据え、その間を町が通り、先に宮入の準備OKとなり、無事に町が宮入できたところで、近くに来ていた田之上が八旛神社へ向ってきていたので、浮嶋と山端も元の表参道へ戻り待機です。警察のトラックが交差点をふさいでいたのですが、人が押す形で動いてしまい宮へ入っていくの???って雰囲気となりましたが、少し田之上が東進し、いったん即喧嘩という場の雰囲気はおさまりました。

ということで、浮嶋の宮入の順序がやってまいりました!タイヤ外して担いだ感覚は軽い♪小走りなリズムで参道まで担ぎ、そこで差し上げて360度回したのち、本殿まわりも落とさずに担いで回るのが超かっしょええもんで、何度かやべっ!?って感じな時もありましたが、今年は落とすことなく本殿を回りきることができましたね!。その後、本殿前で担ぎあげた時に、なんか挑発されている雰囲気。どこの太鼓???と思ったら、新田だったみたいです。何故なんだろう?久々のかきっぷりに大満足でした。山端まで宮入が完了し、かきくらべ順位の発表です。今年は同率一位が3台!?東雲、松乃木、浮嶋でした。久々の一位で大満足♪。さて、これで川東の祭りも終了と思っていたら、浮嶋とがさっき挑発された新田とイザリ開始。何度か押し引きが繰り返されたのち、少し引いているときに物が飛び交い、そのものが東雲のほうにも飛んでいき、東雲が少し喧嘩の雰囲気となってしまいました。

このイザリで終了かと思っていたら、下郷と松乃木、楠崎と東雲とイザリが続きました。さて、川東西部だけとなったので、これでイザリも終了かと思っていたら、浮嶋と東雲がイザリ開始。こんなにイザリがあるとは思わなかったっす。イザリの時に浮嶋で肋骨を痛めた人がいたみたいですが、大きな怪我人もなく、いいかきっぷりだったし、いい祭りさせてもらいました。

その後は、宮出し後、待ってくれていた町太鼓台と棒あわせしたり、最後の祭りの時間を共有し、自治会館へ戻り、今年の川東の祭りは終了となりました。浮嶋太鼓台関係者の方々、誠にありがとうございます。来年も帰郷できるように頑張ります。よろしくお願いします。

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